目次
- ○『おきなわワールド』から誕生した“感謝”の地ビール
- ○大規模観光スポットの中にブルワリーが
- ○ニヘデビールからサンゴビールへ
- ○本場イギリスに沖縄産IPAを輸出!
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『おきなわワールド』から誕生した
“感謝”の地ビール独特の語感で知られる沖縄の方言。もっとも有名なのは、ウチナンチュの気質をそのまま言い表しているようでもある、「なんくるないさー(何とかなるさ)」だろうか。このほか、「はいさい(はじめまして)」や「めんそーれ(ようこそ)」など、本土でも馴染み深い方言は数多い。しかし、「にふぇーでーびる」を理解できる人は案外少ないかもしれない。これは「ありがとう」を意味する方言である。この方言を駄洒落のようにもじった地ビールが沖縄に存在する。その名も『ニヘデビール』。感謝の言葉を表現した小粋なネーミングは、観光客にも大いにウケそう。それも納得で、この『ニヘデビール』を醸す南都酒造所は、南城(なんじょう)市の一大観光施設『おきなわワールド』の中に設置された酒造メーカーなのだ。
観光客にとっては定番スポット言える「おきなわワールド」。修学旅行の学生や、外国人観光客も多く訪れる
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大規模観光スポットの中にブルワリーが
ガイドブック片手に沖縄を旅したことのある人なら、『おきなわワールド』についていまさら詳しい説明は不要かもしれない。沖縄の自然や文化、芸能などにふれられる観光施設で、たとえば琉球時代の町並みを再現した「琉球王国城下町」や、約30万年かけてできあがったとされる鍾乳洞「玉泉洞(ぎょくせんどう)」など、初めて沖縄を訪れるならまずここへ、と言いたくなるほど見どころ満載のスポット。この中に、ハブ酒やリキュール類を造る酒造所のほか、オリジナルのビールを醸造するブルワリーがある。なぜ、こうした環境で『ニヘデビール』が造られるようになったのか? 工場長の我那覇生剛(がなは・せいごう)さんにお話を伺った。「ビールを造り始めたのは2001年から。当時、『おきなわワールド』には年間120万人ほどの来場がありました。すでに規制緩和によって、ビールは60キロリットルから醸造を許されるようになっていましたから、そのくらいの量なら十分に採算が取れるだろうと、施設内にブルワリーを置いたんです。どうせ飲むなら、ここで造ったもののほうがお客さんも喜ぶでしょうしね」『おきなわワールド』には、2000名収容できるレストランがある。これは県内最大のキャパシティで、ここで消費が進むだろうとの算段があったと我那覇さんは振り返る。しかし、『おきなわワールド』が地ビール造りに着手し始めた頃から、訪れる観光客の動向に変化が見え始めた。「それまではバスで乗り付ける団体客の割合が多かったのが、少しずつ個人客中心に変わり始めたんです。個人で来られる方はやはりレンタカーで移動する人が多いですから、あまりアルコールを飲みません。もう、昼間からビールをガブガブ……という時代ではなくなりつつあるのだと感じましたね。そこで、当初は樽での展開をメインに考えていましたが、お土産用、つまりボトル売りに力を入れることになりました。現在、60 キロリットルのうち、およそ25キロリットルをこの施設内で売り、そして35キロリットルを外部に出荷しています」観光客の減少という向かい風もあったというが、このあたりは全国に沖縄料理店が多く点在する強みと言えそうだ。なお、敷地内にはレストランとは別に地ビール喫茶も設置され、ここで『ニヘデビール』を味わった人が、気に入って自宅用に持ち帰るケースも多いという。 -
ニヘデビールからサンゴビールへ
もともと沖縄県民は、IPAのような苦味の利いたビールを口にする機会がほとんどなく、苦味の強いビールに対するマーケットは、ほぼ皆無であった。我那覇さん自身、初めて飲んだ時には、それまで持っていたビールのイメージとの違いに少々戸惑ったそうだが、ビールを売るなら食とのマッチングが不可欠であると考え、沖縄食と相性のいい味のバランスを研究した。その結果、「私も今ではすっかりホップ中毒。家でも外でも、IPAばかり飲んでいますよ」と語るほどに。『ニヘデビール』のラインナップは、現在4種類。黒ビールタイプの「ブラックエール」、コクのある香りが際立つ「ハードタイプ」、爽やかな喉越しで万人が飲みやすい「ソフトタイプ」、そしてホップの苦味が特徴的な「OKINAWA IPA」である。こうしてラインナップを広げてきた背景には、地ビール喫茶におけるマーケティングが生きている。「もともと『ニヘデビール』は、ハードとソフト、2種類のみで始まっています。それがある時、横浜でクラフトビール専門店を営むお客さんが、もっと商品の種類を増やしてはどうかと助言してくれました。そこで試しにいくつか造って反応を窺ってみた結果、ひときわ好評だった黒ビールを『ブラックエール』として商品化したんです。これが発売直後から売れて、実際にお客さんの生の反応を測定することの大切さを痛感しましたね」その点、地ビール喫茶のように小回りの利く拠点を持つことは、生のデータを採取するのにうってつけ。少し遅れてラインナップに加わったIPAも同様で、市場のニーズに素早く反応した結果の産物と言える。ところで、長らく親しまれた『ニヘデビール』の名称は、実は間もなく消えてしまうことが決まっている。順調に浸透しつつあるネーミングだけに、惜しい気もするが……。「沖縄の飲み水というのは、地下水をサンゴで出来た地盤から取水して使っています。これを“サンゴ水100%”のビールとして全面に打ち出すことに決まり、それに合わせて商品名も『サンゴビール』に変更することになりました」サンゴビールなのか、あるいは珊瑚ビールなのか、表記については本稿執筆時点でまだ検討中。これは2016年9月のリリースを楽しみにお待ちいただきたい。なお、名称変更後も、ラインナップの4種類はそのまま。商品名以外のめぼしい変更点としては、王冠ではなくプルトップ仕様を採用すること。これは王冠の縁で手を切るなどトラブルを考慮してのことだという。
『ニヘデビール』自慢のラインナップ。地ビール喫茶では中庭の緑を眺めながらビールを味わうことができる
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本場イギリスに沖縄産IPAを輸出!
それにしても、これほど大規模な観光事業を展開する同社において、酒造事業はどのような位置づけにあるのだろうか。「弊社が1990年に酒造事業を始めた際は、ハブ酒からスタートしています。これはハブの有効利用を目的とした事業で、ハブと泡盛という地場のものを活用して名物を作ろうという考えから生まれたものでした。しかし、沖縄というのは複数の国の文化が入り混じった地域ですから、純粋に地場のものだけにこだわるのは、かえって沖縄らしくないのではないかという意見が挙がり始めました。その意味でビールというのはうってつけだったんです」思うように売り上げが伸びない時期もあったが、それでも現在、同社のビールはひとつの絶頂期を迎えつつある。それを象徴するように、昨年、「OKINAWA IPA」が成城石井のPB(プライベートブランド)に採用されている。これが今、本土で飛ぶように売れているのだ。また、ある展示会ではこの「OKINAWA IPA」が貿易会社の目に留まり、IPAの本場であるイギリスに輸出されるようにもなった。「うちのIPAは、わりと苦味を抑えていますから、向こうの人にとっても飲みやすいんでしょうね。ただ、IPAにおいて問題なのは、全国の酒造メーカーの間で今、ホップの奪い合いが激化していること。これには各社、頭を悩ませているはずですよ」PB契約を結んでいる以上、在庫を切らすことはできない。こうなると、沖縄県内でいまひとつIPAが伸びていない現実も、あながち悪いことではないかもしれないと、我那覇さんは苦笑いする。これも、嬉しい悲鳴というやつだろう。沖縄県、そして日本すらも飛び越えて広がる快進撃。今後にも要注目である。
「15年の苦労が報われ、『ニヘデビール』は今、絶好調です」と微笑む我那覇さん
日本クラフトビール紀行
日本の南国でも活気づく琉球発クラフトビールの胎動より
今日のビールは今日だけの味!最高の一杯を求めて西へ、東へ… クラフトビールブームと言われる昨今、数多の種類が出回るようになりました。ヨーロッパ産の伝統的なものから、日本の酒造メーカーが作ったもの、地域活性化のために作られた変り種などなど……。本書は特に「日本のクラフトビール(手作りの地ビール)」にこだわって全国各地のブリュワリーを訪ね歩いた記録です。北は北海道から南は沖縄まで、各地で出会った手作りビールとその誕生秘話を知ることは、「私の逸品」を見つけるヒントになるのではないでしょうか。