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- ◯亀澤堂
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亀澤堂
神保町@東京メトロ半蔵門線 他東京メトロ半蔵門線「神保町」駅A5口から出ると目の前を靖国通りが横切る。右手に見える神保町交差点を歩道に沿って右に折れ、白山通りを水道橋方面へ向かって進んだ右折路の角に『亀澤堂』の袖看板が見える。長寿の象徴である亀の名を冠にした賜物か創業から百年を超え、大正から昭和初期には暖簾(のれん)分けした店が十数軒もあった名店だ。軒先に白い暖簾が掛けられ脇には焦げ茶色の化粧柱が立っている。ガラス扉の脇にある道に面した台にはポットとお菓子と亀の置物が見える。店内に入ると菓子棚の中や上は定番商品のどら焼きや亀の姿で作られた最中などが並ぶ。その中に“さくら餅”などの生菓子と共に一日数量限定で作られる名物の「豆大福」がある。大きさは五四ミリで甲高な容姿は接地面が少なく楕円体だ。表面には片栗粉がランダムな厚さで貼り付き狭い範疇(はんちゅう)で白から乳白色へのコントラストを描く。その真白の中に楕円形の薄黄色い物体がいくつも小山となって複雑な地形を作る。白地には薄黄色の楕円形が現れている。そこに片栗粉が被ると見た目はほぼ真っ白に見えるのだった。また、この豆が中々に大きい。赤えんどうの様な丸ではなく勾玉(まがたま)を思わせる形に近い。裏返して原材料を確認するとそこには“大豆”との記載がある。つまり『亀澤堂』の豆大福を正確に表記すると“大豆大福”となる。加えてこの大豆が鶴娘大豆という品種だそうで、つまりは“鶴”が“亀”の“福”に集った大変縁起の良い一品といえる。実に力強い語感である。見慣れた大豆が餅に埋まる姿は意外に違和感が薄い。色味が持つ餅との親和性の高さが大豆の語感を上回った結果といえる。凝り固まった常識を不意の一撃が打ち砕く。加えて先程から手に伝わる餅的質感と異なる硬さも衝撃的にしてビニール越しの手触りはまるで熟した果実だ。指先を包む餅的な柔らかさと違い、緩衝材に似た柔軟性を見せる。当然、取り出した豆大福は少々の衝撃位は軽く受け止めてしまう。表面の指先が僅かに沈み込む柔らかさが柑橘類の皮を髣髴(ほうふつ)とさせる。指を差し込めばメリメリ剥けそうだ。加えて表面に埋まる大豆がボコボコした質感を生み出す。その横っ腹へ果実の様に齧(かじ)り付いてみた。目一杯に口を開けて、やっとこ半分を収める。あれだけ頑丈だった片栗粉はボロボロ剥がれ、流星の様に胸元を駆ける。想像通りに強靭な弾力を発揮する餅は上下の歯を押し返す。嚙み心地が良く、嚙めば嚙む程に餅の風味と、その先に米の甘さが浮き上がる。水気は少なく伸びや粘りは控えめだが、味わいを凝縮したかの様な弾力の持続力は抜群だ。その過程で餅の風味と共に突然、未知の甘さが漂う。モグモグ咀嚼(そしゃく)を始めると甘さに加えてお馴染みの風味が溢れる弾力と共に押し出される。柔らかい食感と共に漂うその甘さこそが大豆だ。嚙めば緩くペースト状に伸びて、野趣ある甘さが味蕾(みらい)を染める。一般的な赤えんどうは常套として、いくつかは黒豆や青えんどうを用いる豆大福も多くある。それが豆大福の“豆”を意味するのだが、当店の“豆”は大豆の味の濃さも申し分なく、歯触りは緩く、ふと地物の畑の匂いを思い出させる香りがある。水分が少なくモッタリ舌に圧し掛かるつぶ餡は小豆の風味をほころばせる。大豆と小豆。大きいのと小さいの。二つの甘さと風味が舌の上で膨らみ、鼻腔へ舞い上がり、従来のモノトーンの世界から味わい彩豊かにして更なる極に達した。片栗粉もひれ伏すほぼ白い豆大福という個性は老舗の柔軟性の現れである。豆大福の、延いては和菓子が持つ無限の可能性なのだ。その事実に驚くと共に和菓子好きの喜びが湧いてくる。●住所 東京都千代田区神田神保町1-12-1 帆刈ビル 1F
営業時間 9:00 ~ 18:00 定休日 日・祝
東京豆大福五〇の覚書き
変わり豆六色より
庶民のスイーツ「豆大福」。ひとくちに豆大福と言っても、かたち、豆の種類、豆の位置など、実は千差万別。いま食べておくべき「東京の豆大福」をオールカラーで紹介。“マメに暮らして大きな福を招く”との願いを込めて、東京の豆大福に特化した初めてのガイドブック。ツキをまるごといただけますよ! 豆大福を食べてしあわせになろう!