目次
- ○語彙力不足によるトラブル多発
- ○言葉は何気なく発してはいけない
- ○言葉の使いようによって人間関係に亀裂が生じることもある
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語彙力不足によるトラブル多発
語彙力がないために、その場その場に応じた適切な言葉を用いることができず、トラブルになるケースは数多くあります。ただし、より多くの言葉を知っていればよいというわけではありません。私は、大人に求められる語彙力とは、難しい単語を会話にちりばめるテクニックを指すのではなく、その場の状況に合った多様な言いまわしをするための「言葉の引き出し」をどれだけ持っているかを意味するものだと考えています。 -
言葉は何気なく発してはいけない
何気なく発した言葉が相手を怒らせて、困惑した経験はないでしょうか。たとえば、製品カタログを求めるお客様に「受付でお受け取りください」と案内するのはよくても、こちらがお客様の資料を欲しいときに「資料を送ってください」と言うと、先方は何となく釈然としない思いを抱く可能性があります。敬語は、相手への敬意を伝えるために最も効果的なツールであり、「あなたを尊重しています」というサインのようなものです。しかし、正しく使いこなせなければ、誤解を招いたり、相手を立腹させてしまったりしかねません。「してください」は、命令語の「しろ」を丁寧に表した言葉です。先ほどの例で言えば、前者は、お客様の求めに応じた、相手の利益になるケースなので、「受け取ってください」を丁寧に表した「お受け取りください」でかまいません。ところが、後者は、送ってもらう自分の利益になることなので、いくら丁寧にしたとは言っても、命令形の「送ってください」では、横柄な印象を与えてしまいます。自分への行為を相手に求めるときは、①「送っていただけますか」
②「送っていただけませんか」
③「送っていただけますでしょうか」
④「送っていただけませんでしょうか」
などと、依頼の疑問形にするのが礼儀です。肯定形「ますか」よりも否定形「ませんか」にしたほうが、「送ってもらって当然」ではなく「送ってもらえないかも」という気持ちが前提となって、控えめな表現に聞こえるでしょう。さらに、依頼の疑問形を表す語尾の「か」を「でしょうか」にすると、より丁寧に響きます。敬語を使うときは文末を丁寧に終えると収まりがよいとされます。つまり、提示した4つの依頼文は、①から④へと、順を追うごとに敬度が増していくことになるわけです。このように「送ってください」のひとことにさえ多数のバリエーションがあるのが、日本語の難しさ……いえ、豊かさと言えるのではないでしょうか。語尾をほんの少し変えるだけで与える印象が謙虚にも高圧的にも変化することを、特にあらゆる場面で上下関係がつきまとうビジネスの現場では、常に意識しなくてはなりません。 -
言葉の使いようによって人間関係に亀裂が生じることもある
言葉自体にネガティブな意味はないのに、その使い方で人間関係に亀裂が生じてしまうこともあります。ご相談を受けたケースで、「配慮」の一語について考えさせられたことがありました。ご相談者が社内メールの最後に「ご配慮ください」と書き添えて送ったところ、受信者から猛反発を受けたというのです。「配慮しろとはどういうこと?」「まるで私が何の気遣いもしていないみたいで失礼だ」「人に配慮を求める前に、自分が配慮すべきでは?」―内線電話でまくしたてられ、とても驚いたと話してくれました。ここでも、横柄な印象を与える文末の命令形「~ください」が影を落としているのは明らかです。しかし、このケースでは、実はそれ以前に、「配慮」という一語に問題があります。「配慮」とは「自分が黙って心を配る」ことであり、相手に要求するものではありません。「このたびは、ご配慮くださいましてありがとうございました」と、相手の心づかいへの感謝の言葉として用いるなら別ですが、「ご配慮ください」では、まさに"配慮に欠けるひとこと"となってしまいます。「他者のご配慮の結果」には言及できても、「事前に配慮を求める」のは筋違いだと理解していれば、こうしたトラブルは起こらなかったはずです。この場合、「よろしくお取り計らいくださいますよう、お願いいたします」などとすれば、受信者を怒らせることはなかったでしょう。「取り計らう」は「物事がうまくいくように取り扱う」という意味で、お願いごとをするときにうってつけの言葉です。「あなた様のご裁量で、ひとつよろしく!」といったニュアンスがあり、相手の力量や決定権が明らかに自分よりも勝っていると認めています、ということをアピールできます。目上の人と雑談するときも気が抜けません。若手社員が、40代の管理職の女性と雑談をしている時、「そのパールのネックレスは本物ですか」と尋ねた、という話があります。「ニセモノをつける歳じゃないでしょ~」と、相手はサラリと返したそうですが、そのやりとりを間近で見ていた人は、「カッコいい!」と女性上司を絶賛していました。この女性上司は、自分と相手との立場の違いを見せつけつつ、40代という自分の年齢を茶化したとも取ることができる、ユーモアさえ感じさせる高度なテクニックを使っています。「ええ、本物よ」と普通に返事をすれば、次は「高いんでしょうね。おいくらなんですか」などと野暮な質問が続くかもしれないところ、「ニセモノを身につける年齢じゃない」と、無礼な質問をやんわりとシャットアウトしたのはお見事です。質問した方はおそらく、素敵なネックレスを見て、「いいなぁ、やっぱりこの輝きは本物だろうな」と感じたままを口にしたのでしょうが、これはかなり危ない質問です。スマートな対応ができる寛大な上司だったから怒られずに済みましたが、違う反応が返ってきても不思議ではありません―「失礼ねっ、あたりまえじゃない!」「は? なに言ってるの? ニセモノなんかするわけないでしょ」「ニセモノに見えるってこと?」「それを聞いてどうするの?」……。大人なら、思ったことを考えなしに口に出すのではなく、いったん自分の中に取り込んで、「これは最適な表現だろうか」と、瞬時に言葉をもんでから発言したいものです。「素敵なネックレスですね。私もそんな本物が似合う女性になりたいです」このように相手の持ち物を褒めるだけではなく、似合って素敵だという思いも伝えると、話も弾むことでしょう。なお、目上の人を目下の者が褒めるのは失礼な場合もあることは後述しますが、このケースのような軽い話題であれば、互いの立場や年齢の隔たりを超えて親近感が増すという効果があるため、まったく問題ありません。
「大人ことば」で穏やかに話す
序 大人の言葉づかいが必要とされる時代より
企業や社会のコミュニティで、組織の一員として、自分と相手だけでなく、周りのすべての人たちと良い関係を築き、みんなが機嫌よく関わり合う―1万人の社会人を対象に研修や講演をおこなってきた人気講師にして、表千家教授者でもある著者が、日本の伝統文化を踏まえて指南する、穏やかな「大人の関係」の築き方。