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受け入れてもらえない…。拒絶体験が引き起こす4つの症状

好きな人にふられたり、友達から仲間外れにされたり、話しかけたのに無視されたり。
大抵のことは放っておけばいいのですが、拒絶体験をこじらせてしまうと心と体に大きなダメージを受けることになります。そうなる前に、拒絶体験が引き起こす症状をチェックしましょう。

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目次

  1. ○拒絶体験が引き起こす症状
  2. ○症状1 心がズキッと痛む
  3. ○症状2 怒りを感じ、攻撃性が高まる
  4. ○症状3 自分が価値のない人間に思える
  5. ○症状4 人とのつながりが不足する
     
    日々の生活のなかで、人に受け入れてもらえないことはよくあります。
    好きな人にふられたり、友達から仲間外れにされたり、話しかけたのに無視されたり。そんなとき、とてもつらい気持ちになりますよね。
    心理学では、こうした体験を拒絶と呼びます。
    子どものころから、人はさまざまな拒絶を経験します。
    みなさんにもこんな記憶がありませんか?
    同じクラスの子を遊びに誘ったのに、断られた。チーム分けで自分だけ取り残された。誕生日パーティーになぜか呼ばれなかった。仲のよかった友達が、別のグループに移ってしまった。みんなに陰口を言われたり、いじめられたりした。
    ようやく子ども時代を生き延びても、さらに多種多様な拒絶が待っています。
    恋人からメールの返信がこない。会社の面接で落ちた。パートナーに夜の誘いを断られた。友人に冷たくあしらわれた。自分の娘に無視された、などなど。
    そうした拒絶体験は、心のすり傷のようなものです。
    ヒリヒリと鋭い痛みが特徴です。傷が深すぎて止血が必要な場合もありますが、たいていは自然にふさがる程度の傷ですむことが多いようです。
    とはいえ、甘く見てはいけません。その傷が心と体にどんな影響を与えるか、正しく知っておきましょう。
    拒絶体験をこじらせると、心と体に大きなダメージを受けることになるのです。
    • 拒絶体験が引き起こす症状

      拒絶体験が引き起こす症状は、大きく分けて4つあります。
      傷の程度は個々の状況や心の健康状態によってさまざまですが、もっとも目立つ症状は心の痛みです。
      さらに拒絶の痛みは怒りを引き起こし、自己否定や居場所のなさにもつながります。
      傷が浅ければ、たいていは自然に治ります。しかし、たとえ浅い傷でも、汚れたままで放っておけば化膿します。拒絶の傷が心をどんどん蝕み、日常生活に支障をきたすほどになるのです。
      とりわけ傷が深い場合は、すぐに手当てしないと悪化する危険が大きくなります。
      早めの手当ては傷の悪化をふせぎ、回復を早めます。効果的な手当てをするために、まずは傷の種類と程度を知り、それが人の思考や行動におよぼす影響を正しく理解しておきましょう。
    • 症状1 心がズキッと痛む

      待合室に座っているところを想像してください。
      部屋には知らない人が二人います。そのうち一人が、何気なくテーブルの上のボールを手にとり、もう一人に向かって放り投げます。相手はボールをキャッチしたあと、部屋を見まわしてあなたにボールを投げます。あなたは難なくボールを受けとめ、最初の人に投げ返します。
      次に、最初の人がもう一人に向かってまたボールを投げますが、今度はあなたのところにボールがまわってきません。ボールは最初の人にまた投げ返されます。いつのまにか、あなた以外の二人のあいだだけでボールが行き来しているのです。
      さて、あなたはどう感じたでしょう。心が傷つき、いやな気分になったのではないでしょうか。なんとなく自信がなくなる感じがしませんか?
      くだらないと思うかもしれません。たかがキャッチボールで、知らない人がボールをまわしてくれないからといって、誰がそんなことを気にするでしょう?
      ところが実は、きわめて多くの人が気にするのです。
      この状況を再現した心理学の実験があります。二人の他人は実験の協力者で、実験の対象となる人だけが何も知らされていません(まったく違う実験に参加するつもりで待合室に来ています)。何気なくキャッチボールが始まり、最初の1〜2回のあとで、自分にボールがまわってこなくなります。
      この実験の結果、仲間外れにされた人は「大きな精神的苦痛」を感じることが明らかになりました。
      注目すべきは、この実験のシチュエーションが現実の拒絶体験よりもかなり軽度であるという点です。相手はただの他人ですし、キャッチボールなどたわいもない暇つぶしにすぎません。
      それなのに、人は大きな苦痛を感じるのです。
      だとしたら、日々の生活で直面するリアルな拒絶体験は、人にどれほどのダメージを与えるのでしょう?
      ●仲間外れの恐怖は脳にインプットされている
      恋人にふられたとき、私たちは自分で思っている以上に深く傷つきます。仕事の面接で落とされたり、友達の集まりに誘われなかったりしたとき、私たちの心は非常に大きな痛みに襲われているのです。
      拒絶体験の痛みは、ほかのどんな精神的苦痛よりも明確な「痛み」として感じられます。
      「胸が張り裂けそうだ」とか「頬を張られたような」という比喩が使われるのは偶然ではありません。拒絶体験の痛みを肉体的な痛みにたとえると「麻酔を使わない分娩」や「がんの治療」に匹敵するという心理学の調査結果もあるほどです。
      それにくらべると、不安や失望、欲求不満といったその他のネガティブな感情は(ひどく不快ではありますが)拒絶ほどに強い痛みを引き起こしません。
      なぜ拒絶体験の痛みは、そんなにも強烈なのでしょう?
      その答えは、どうやら人の進化プロセスにありそうです。
      人は社会的な動物です。まだ文明のない時代、仲間に拒絶されることは、そのまま死を意味しました。群れの助けなしには食べ物が手に入らず、危険から身を守る手段がなく、子孫を残すこともできないからです。
      仲間外れは、そのまま死刑宣告を意味しました。
      ですから人の脳にとって、仲間に受容されるかどうかはまさに死活問題なのです。少しでも仲間から排除されそうな経験をすると、私たちの脳は危険を感じて激しく警告を発します。それが痛みとなり、激しい苦痛を引き起こすのです。
      このことは脳のスキャンを見ても明らかです。
      誰かに拒絶されたとき、私たちの脳内では肉体的苦痛とまったく同じ部分が活性化します。実際、キャッチボール実験の前にアセトアミノフェン(頭痛薬などの成分)を服用すると、精神的苦痛が軽くなることがわかっています。
      ●コンピューターに仲間外れにされる実験
      数年前、アンジェロとマーサという夫婦が私のセラピーにやってきました。
      アンジェロはリストラで職場を解雇され、それから半年たってもまともに仕事を探していないそうです。
      「あの会社に20年も勤めたんですよ」とアンジェロは傷ついた表情で言いました。「みんな仲間だと思っていたのに。なぜ僕がこんな仕打ちを受けなきゃならないんです?」
      最初のうちはマーサも同情していたのですが、一向に立ち直る様子のないアンジェロを見るうちに不満がつのってきました。いつまでもうじうじしていないで、次の仕事を探せばいいのに……。
      アンジェロ自身も、自分のふがいなさに苛立っていました。なんとか自分を駆り立てて仕事を探そうとするのですが、どうにも腰が上がりません。「傷ついてる場合じゃないぞ」と自分に言い聞かせても、一向に立ち直れません。
      頭では立ち直るべきだとわかっているのに、気持ちがついていかないのです。
      拒絶の痛みに苦しむ人に対して、論理的な説得はあまり役に立ちません。理性や常識は、拒絶の痛みをやわらげる助けにはならないようです。
      先ほどのキャッチボール実験には、コンピューターを使った「サイバーボール課題」というバージョンがあります。参加者は待合室の人の代わりに、画面上のアバターとキャッチボールをします。実験中は知らされていませんが、アバターは人が操作しているのではなく、プログラムで自動的に動いています。
      傷ついた参加者に「相手は人ではなくただのプログラムだ」と説明しても、苦痛は軽減しませんでし。さらに別の参加者たちには「相手は悪名高い人種差別主義者だ」と説明しましたが、それでも仲間外れにされた痛みは軽減しませんでした。
      心理学者たちはそれだけでは飽きたらず、今度はサイバーボールならぬ「サイバー爆弾(ボム)」で同じ実験をしました。コンピューター上のボールがランダムに爆発し、そのときボールを持っている人が死ぬという設定です。それでも、やはり参加者は同じように傷つきました。たとえ爆発するボールでも、仲間外れにされるよりは自分に投げてもらいたいのです。
    • 症状2 怒りを感じ、攻撃性が高まる

      拒絶体験は痛みだけでなく、怒りと攻撃性を引き起こします。
      自分を拒絶した人に怒りを覚えるのは当然ですが、ときには無関係な人たちに怒りが向くこともあります。いわゆる「八つ当たり」です。
      世の中のドアや壁たちは、このことをよく知っています。失恋した人の拳を、彼らは幾度となく受けとめてきたからです(ただしコンクリート壁の場合、壁よりも殴った人の骨のほうがダメージを受けますが)。
      壁を殴るなんて乱暴なやつだ、と決めつけないでください。どんなに心やさしい人でも、拒絶された直後は多かれ少なかれ攻撃的になります。ほんのささいな拒絶体験が、普段は温厚な人をひどく攻撃的に変えることも珍しくありません。
      たとえばサイバーボール実験が終わった直後、参加者たちは無関係な人に悪態をつく機会を与えられました(相手がキャッチボールの操作に関わっていないことは明確に説明済み)。その結果、キャッチボールの仲間外れにされた参加者は、そうでない人よりもずっと大きな声で、長い時間にわたって相手をののしったのです。
      悪態の代わりに、激辛ソースを無理やり食べさせるというバージョンもあります。
      この場合も、拒絶体験をした参加者は、そうでない人より4倍多く激辛ソースを盛ることがわかりました。ひどくまずい飲み物を飲ませたり、聞くに堪えない音を聞かせる実験でも同様の結果となりました。科学者もよく次から次へと罰ゲームを思いつくものです。
      しかし、冗談ですまされないこともあります。拒絶体験の傷を手当てせずに放置すると、高まった攻撃性はまわりの人間へと向かいます。その攻撃性は、ときには激辛ソースよりもずっとたちの悪いものになります。
      ●いじめ・失恋と銃乱射事件
      拒絶体験をきっかけにした暴力事件や自殺がニュースになることは珍しくありません。
      恋人に捨てられた恨みで刃物を持ちだしたり、会社をクビになった従業員がキレたりした事件をあなたも目にしたことがあるでしょう。
      2001年にアメリカ公衆衛生局が発表したレポートによると、拒絶体験は若者の暴力を引き起こす重大なリスクであり、その影響はギャングや貧困、ドラッグよりも深刻であるとされています。また、カップルや夫婦間での暴力も、拒絶体験によって引き起こされることが多いそうです。
      実際、夫が妻を殺害した551件の事件を分析した結果、その半数近くが離婚や別れ話に起因していました。
      学校での銃乱射事件にも拒絶体験が大きく関わっています。1999年のコロンバイン高校銃乱射事件を含む15件の事件のうち、犯人が異性にふられたり、クラスで仲間外れにされたりしていたケースが13件にのぼりました。そして多くの場合、犯人は自分をいじめた相手や失恋した相手を最初のターゲットに選んでいました。
      拒絶体験がかならず暴力に結びつくわけではありません。誰かに拒絶されても、大多数の人は暴力沙汰を起こさずに乗り越えます。
      それでも、拒絶体験と暴力性とのあいだに強い関連があることは事実です。
      拒絶体験の痛みは、人を思いもよらない行動に駆り立てることがあるのです。
    • 症状3 自分が価値のない人間に思える

      手痛い拒絶を体験したり、拒絶が何度も繰り返されたりした場合、自分が価値のない人間のように思えてきます。過去に拒絶された体験を思いだすだけでも、一時的に自信が大きく下がることがわかっています。
      拒絶されて自尊心が傷つくと、心のなかで自己否定の気持ちが高まります。自分で自分のことを嫌いになるのです。すると、自分にまで拒絶されて、さらに自信がなくなる……という悪循環が始まります。
      わざわざ自分の手で傷口を広げているようなものです。
      これを放置すると、傷はどんどん悪化します。
      先ほど紹介したアンジェロが失業したのは、会社のコスト削減のためでした。部署単位でのリストラでしたが、それでも彼は拒絶されたと感じました。長年一緒に働いてきた仲間から「おまえは要らない」と言われた気がしたのです(「みんな仲間だと思っていたのに。なぜ僕がこんな仕打ちを?」)。
      そのためアンジェロは、仲がよかった同僚たちといっさい連絡をとらなくなりました。どうせ否定され、バカにされて、いやな思いをするだけだと思ったからです。好意的なメールが来ても無視しました。仕事の口があるという話にも乗りませんでした。
      数カ月もすると、誰も彼に連絡してこなくなりました。
      アンジェロは思いました。
      「ほら見ろ、やっぱりあいつらは、僕のことなんてどうでもよかったんだ!」
      ●あなたが思うほど人はあなたの欠点を見ていない
      このような反応は、とくに珍しいものではありません。拒絶を個人攻撃のように感じ、ものごとを悪いほうに考えてしまう傾向は誰にでもあります。
      好きな人にふられたときのことを思いだしてください。
      「なぜだめだったんだろう」と考えているうちに、自分の欠点ばかりが頭に浮かんできませんでしたか? 見た目がいまいちだから、趣味がよくないから、話がつまらないから、お金がないから、若くないから……。
      ですが実際のところ、相手はそんな欠点に気づいてもいない場合が多いのです。あなたは自分が否定されたように感じるでしょうが、相手はただ別の事情があっただけかもしれません。
      これと同様によくあるのが、起こった出来事を必要以上に一般化しすぎる傾向です。いつも自分はだめなんだ。誰も自分のことなんか好きになるわけがないんだ。もう一生ひとりぼっちに決まってる……。以前失恋したとき、そんなふうに考えませんでしたか?
      あるいは「なんであんなことをしたんだろう」と過去の自分を責めることもよくあります。恋人と別れたあとで、会話や行動をいちいち思い返しては致命的なミスを探さなかったでしょうか。「あと1時間早く電話していれば」「あの最後の1杯さえ飲まなければ」「うっかりアニメキャラの下着なんかつけていたせいで……」
      しかし現実には、何かひとつの致命的なミスで拒絶されることはめったにありません。
      一般的に言って、好きな人にふられる(あるいは面接で落とされる)のは、単に相性が合わなかったからです。相手の求める人物像と違っていたとか、相手が必要としていた条件に合わなかったという理由です。
      あなたが考えるほどには、相手はあなたを悪く思っていないのです。
      ただでさえ拒絶で傷ついた心に、根拠のない批判を投げつけるのは残酷すぎます。自分の傷口に塩を塗る必要はないのです。
    • 症状4 人とのつながりが不足する

      人には、誰かに受け入れられたいという基本的な欲求があります。この欲求が満たされないままでいると、人は心身に大きなダメージを受けます。
      とはいえ、機会がないなどの理由で、人とのつながりを持つことが難しい人もいるでしょう。
      私のセラピーを受けていたデイヴィッドという若者は、とりわけ不利な条件を抱えていました。生まれつきの病気のせいです。
      デイヴィッドは珍しい遺伝病にかかっていました。この病気の人は体にさまざまな障がいがあり、たいていは若くして亡くなります。デイヴィッドの症状は比較的軽い部類でしたが、それでも幼いころから数多くの手術を受け、入退院を繰り返していました。
      この病気は体の機能だけでなく、見た目にも影響をおよぼします。筋肉と骨格の異常で歩き方が不安定ですし、顔もほかの人とは違っています。デイヴィッドの上唇はめくれ、下あごは大きく落ちくぼみ、歯並びもかなり不揃いでした。唾液がうまく調整できず、油断するとよだれを垂らしてしまいます。
      この病気の人は体を動かすことが困難だったり、病気の治療が必要だったりするため、学校に通えないこともよくあります。しかしデイヴィッドは健康状態が比較的よかったので、子どものころから地元の学校に通うことができました。
      ただし、そのせいで大きな重荷を背負うことにもなったのです。
      彼の外見や動作を見て、まわりの子どもは彼を遠ざけました。あからさまな嫌がらせを受けることもありました。
      誕生日パーティーに呼ばれたことは一度もなく、友達と呼べる人は一人もいませんでした。食堂では、誰も彼のいるテーブルに近寄ろうとしません。筋力が弱くて運動が苦手なので、放課後にスポーツを習うこともできませんでした。障がい児向けのクラブ活動にも参加してみましたが、これといった障がいがあるわけでもないので、やはりうまく溶け込めません。
      どこにも居場所のないデイヴィッドは、仲間がほしいという欲求がまったく満たされないまま、子ども時代を過ごしました。中高生になっても事情は同じです。彼はつねに拒絶され、ひどい仕打ちを受けて、ぼろぼろに傷つきながら生きてきました。
      私がデイヴィッドに出会ったのは、彼が高校を卒業した直後、数カ月後に大学入学を控えた時期でした。
      ●デイヴィッドの孤独な戦い
      デイヴィッドは大学生活を楽しみにしていましたが、不安もかなりありました。新たな環境に身を置くということは、また一連のひどい扱いを最初から繰り返すかもしれないということです。幼いころから拒絶されつづけたデイヴィッドにとって、知らない人に会うことは恐怖でした。
      「僕のことを見ると、まずみんな目をそらすんです」
      初回のセラピーで、彼はそう言いました。
      「それだけならまだいいけど、そのあと陰でこそこそ笑われることもあります」
      たしかに第一印象には問題があるかもしれない、と私は認めました(本人が何度も経験してきたことを否定してもしかたありません)。それなら、第一印象をくつがえすために、何ができるでしょうか?
      デイヴィッドと私は、いろいろな対人関係のシチュエーションでどう行動するかを話し合いました。そこで判明したのは、デイヴィッドの対人スキルが非常に未熟であるという事実です。彼はずっと孤立して生きてきたため、自然な会話や行動の流れを知りませんでした。
      そこで私たちは、入学までに対人スキルの集中特訓をおこなうことにしました。ありそうな場面を想定し、上手な対応のしかたを練習するのです。また、心構えについても話し合いました。相手が目をそらしたり避けたりするのは悪意ではなく、病気の知識がないから戸惑っているのだと説明しました。
      さらに、不器用な歩き方やよだれのせいで周囲の人が引いた場合に、どうやってその場を切り抜けるかというアイデアも出し合いました(たとえば、そのことを自分でネタにするなど)。
      こうしてデイヴィッドは着実に対人能力を高めていきました。いやな目にも遭うかもしれませんが、うまく切り抜けるスキルは十分に身についています。デイヴィッドは自信に満ちた表情で、入学の日を迎えました。
      次に会ったのは、大学入学の1週間後のことです。
      ●誰にも受け入れてもらえなかった新学期
      部屋に入ってきた瞬間から、デイヴィッドが落ち込んでいることは一目瞭然でした。彼はソファにぐったりと沈み込み、力なくため息をつきました。
      「早めに最初の授業に行って、いちばん前の席で待ってたんです。そうしたら、誰もその列に座りませんでした。だから次の授業では真ん中の列に座って待ちました。僕より前の列は埋まっていたし、後ろにもたくさん人がいたけど……僕の座った列だけは、誰ひとり座らなかったんです」
      デイヴィッドはそれでもあきらめず、次の授業ではみんなが席に着いてから座ることにしました。
      「空いてる席に行って、両隣の人に軽くあいさつしたら、気まずそうな顔をしてました。一人は授業が始まったら、2つ離れた席に移りました。もう一人は二度と僕のほうを見なかったし、授業が終わった瞬間に大急ぎで教室を出ていったんです。そのあとも同じことの繰り返し。みんな僕のことをじろじろ見たり、さっと目をそらしたり。誰も話しかけてくれないし、目を合わせてもくれない。学生だけじゃなく、教授もですよ」
      私はデイヴィッドの話を聞いて、ひどく落胆しました。少しはポジティブな体験をしてもらえるのではないかと期待していたのです。けっして高望みをしたわけではありません。ほんの少しでも好意的な反応が得られれば、彼の新生活はずっといいものになるはずでした。
      そのために3カ月かけて対人スキルの特訓をしてきたのです。それなのに、練習の成果を発揮するチャンスさえありませんでした。誰もそばに近寄らず、目も合わせてくれないのでは、会話のきっかけをつかむこともできません。
      デイヴィッドはすっかり意気消沈していました。このままでは、完全に人づきあいをあきらめてしまうかもしれません。ただでさえ拒絶の傷は痛いのに、彼はすでに普通の人が一生かけて受けるよりも大きな痛みを引き受けてきたのです。
      私はなんとしてもデイヴィッドを助けたいと思いました。最初の週はダメでも、あきらめずに挑戦すればそのうち事態が好転する可能性はあります。
      そのためにも、まずは傷を癒すことが先決でした。入学後の1週間で受けた生々しい傷を手当てし、ふたたび立ち上がるための体力をつけなくてはいけません。
NYの人気セラピストが教える自分で心を手当てする方法

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ガイ・ウィンチ

かんき出版

第1章 自分を受け入れられてもらえなかったときより

風邪を引いたとき、何をしますか? 10歳の子どもにそう尋ねたら、「暖かくしてよく眠る」という答えがすぐに返ってくることでしょう。 じゃあ、転んで膝をすりむいたら? 「きれいに洗って、絆創膏を貼る」 子どもでもすぐに答えられますね。 体をケアする方法を、幼いうちから学んでいるからです。 では、こんな質問をしたらどうでしょう。 「誰かに無視されて心がグサッと傷ついたとき、どうする?」 「大きな失敗をして落ち込んだら?」 「大事な人がいなくなってつらいとき、どうすればいい?」 今度は大人でも、うまく答えられないのではないでしょうか。 私たちは体の不調をうまく手当てできるのに、なぜ心の不調になるとお手上げなのでしょう? その答えは、心の手当ての方法を学んでこなかったからです。 この本では、私たちが日々直面する7つの心の傷を取り上げて、その症状と手当ての方法を紹介します。 しかも、この本で紹介する治療法はすべて、最新の心理学の研究成果にもとづくものです。 正式な査読を経て有名な学術誌に掲載された、信頼できる理論を根拠にしています。 大切なのは、正しいやり方を学び、それを日々実践することです。 本書の著者は、「心の健康に配慮することが当たり前になり、誰もが効果的な手当ての方法を知っているような、そんな世の中になることを私は願っています」と述べています。

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